先週の政策決定会合で、日銀は政策金利を1%に引き上げました。31年ぶりの高水準とのことですが、これだけ長期間、0%台の金利だったというのも驚きです(マイナス期間も含む)。
長年、物価は上がらないという常識の中で生きてきた我々ですが、最近は値上げが普通の世界になってきました。もちろん背景には、特にウクライナ侵攻以降の資源高と超円安の影響がありますが、同時に日本社会全体が「物価上昇やむなし」という方向になったこともありそう。ちょっと、この辺り、数字で見てみようと思います。
G7で最高レベルのインフレ率だが、最低レベルの物価水準
ネット記事を見ていると、ほぼ毎日、インバウンド観光客が「日本は安い。自分の国なら〇倍はする」みたいなことを言っている記事を見かけます。でも、これって単純に喜んでいいことなのか。その昔、日本はアジア随一の金持ち国と思われていて、「ちょっと無理してでも行きたいキラキラの国」だったと思うんですよね。でも今は「手軽に楽しめるコスパのいい国」になってしまいました。
根本的にはバブル崩壊以降のデフレ経済で、物価が全く上がらなかったせいですが、それに加えて黒田バズーカ以降の円安の影響もあります。まぁ、黒田金融緩和が始まった当初は、それまでの80円近辺の「超円高」から100~120円ぐらいの「適切な水準」への修正で、これは歓迎されていました。しかし2022年のウクライナ侵攻以降は「異常な円安」レジームになってしまいました。欧米がインフレに対して金融引き締めに向かったのに、日本は超緩和を継続。デフレ克服の副作用なので評価は難しいところですが。
しかしようやく、この流れが変わってきました。左パネルがIMF-WEOからとった主要国のインフレ率の推移ですが、足元の2025年では日本はイギリスと並んでトップとなっています。2014年にも一度トップになったのですが、これは消費税引き上げがあったため(8%→10%)。その後は主要国内で最低のインフレ率、ほぼゼロ近辺でした。
しかし2022年以降、インフレ率が顕著にプラスになっています。それでも諸外国(中国を除く)に比べると、明らかに低い水準でしたが、他国が2022年の高インフレから落ち着きを見せる一方で、日本ではほぼ同水準のインフレが継続し、2025年にはイギリスに次ぐ水準となりました。
ただ生活実感により近いのは、インフレ率=伸び率ではなく、物価水準そのもの。右パネルは2010年を100とした物価水準ですが、日本は中国、韓国、フランスより10ポイント以上低く、最高のイギリスと比べると30ポイント以上も低いことになります。こりゃ、外国からすれば「日本、安い」となるわけです。
仮に貿易可能財の値段は世界で同じになるはずと考えるなら、まだまだ日本は上昇の余地があると言えそう。日本のインフレ率は、今後中期的にさらに上昇するということにもなりそうです。ま、そんな簡単なことではないですがね。

日本人のインフレ許容度
随分と前ですが、ガリガリ君の値上げを社長や社員全員で謝罪するCMが話題になりましたが(そこも今回、アイスの値上げカルテルで公取委にやられたのはお笑い)、やはり日本社会全体に値上げを絶対悪と見る風潮はあり、企業側も値上げでお客様に迷惑を掛けられない、あるいは他社との競争に敗れると考え、利益を圧縮してでも値上げを避ける、という方針はあったように思えます。
日本企業は「いいものをより安く」がモットーで、品質がいいのは当たり前、後はどれだけ安く売るか、という戦略でした。結果、「物価も安いが賃金も低い」という状態に陥りました。もちろん「高くても買ってもらえるものを作る」というのは、言うのは簡単でも実行は困難なことで、私なんかが批判できることではないですが。
でも最近はそういう傾向は弱くなってきて、口では「お客様にはご迷惑をおかけしますが」と言いつつ、値上げに対する忌避感はほぼなくなってきたように思えます。円安、資源高を背景にコスト上昇が続き、さすがにこれ以上耐えられなくなったという要因はあるでしょうが、同時に、ウチだけじゃなく競合他社も値上げ方向に舵を切った、賃上げのためといえば許容される、という認識が共有されてきた感じがあるのだろうと思います。
以下は企業側の心理ではなく、それを受ける消費者側のインフレに対する見方、日銀の「生活意識に関するアンケート調査」からとったデータです。物価上昇と物価下落の双方に対し、「どちらかと言えば好ましい」「どちらかと言えば困った」「どちらとも言えない」の選択肢から選んだ回答者の比率を示したものです。
まず左パネルの「物価下落=デフレ」については、近年、明らかに「困った」と考える消費者の割合が高くなっています。2022年より前だと、3つの選択肢が「くんずほぐれつ」という感じで推移、「デフレは好ましい」と見る割合が最多ということも頻繁にあったのですが、近年は完全に「デフレは困った」という見方が主流です。
一方、右パネルの「物価上昇」については、割合的には「困った」が圧倒的に多いのは事実です。ただインフレが悪化する2022年頃までは、「困った」の割合が微妙に下がり、「どちらとも言えない」が上昇する傾向がありました。
さすがに足元のインフレ状況に対し「困った」が盛り返していますので、「インフレでも仕方ないよね」という許容態度とまでは言えませんが、左パネルと合わせて考えると、「デフレ=物価が下がる=万歳」という認識は弱まってきたところに、ウクライナ侵攻以降のインフレ(プラス去年のコメ高騰)があり、企業も迷いながら、さすがに耐え切れずに値上げしたところ、業界全体に値上げトレンドに突入した状況と言えるでしょうか。

1年後の物価予想を聞いた質問だと、2022年以降、顕著に数字は上昇してきており(さすがに1年後のインフレ率10%は行き過ぎだろうと思いますが)、インフレを歓迎はしていないものの、「こういうもんだろう」的な諦めの考え方は定着したような気がします。
上で見た「物価上昇への受け止め方」の回答を見れば、「おーし、これから今までの溜まった分を一気に取り返す値上げをするぞ!」とは言えませんが、「ごめんなさいねぇ」と言いながらの値上げは、消費者も織り込み済みと言えそうで、こうなるとこれまで何十年も続いたデフレ膠着は終わり、今後は諸外国と同じようにインフレが定着するような気がします。

植田総裁も損な役回り
昔、黒田総裁が「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」と、ピーターパンを引き合いにして「インフレ期待」の重要性を語りましたが、やはり消費者が「今後もインフレだ」と思うことで、売り手側も値上げをしやすくなり、ある程度のインフレという正常な状態が続くようになった、とも考えられます。
これで日銀も利上げに踏み切りやすくなったと言えそうですが、「責任ある積極財政」を推進したい高市政権は不機嫌です。もちろん消費者にとっても、借金を抱える層には利上げはマイナス、預金を持つ層にはプラスなので、一概にどちらがいいとは言えません。
しかしインフレなのに、預金金利が据え置きでは、これは老後資金計画を立てる高齢者には大問題です。本来は2%インフレの経済なら、預金金利も2%程度ないといけないわけです。であれば、ちゃんと貯金をしていれば、インフレに対応できます。
でも日本では超低金利が続いていて、これが全くできていません(それでメガバンク、最高益とかなぁ…)。現在の高齢者は、インフレがない時代だったので、ゼロ金利でもよかったのですが、これから高齢者になる世代はインフレを織り込む必要があります。
早く日銀には金利正常化をしてほしいのですが、それで住宅ローンの貸し倒れが増えたり、中小企業の倒産から景気が落ち込んだりしては元も子もないということで、植田総裁には頑張ってもらわないといかんわけです。ホント、損な役回りだな。
