アメリカ大統領選挙…問題は人口比を無視した選挙人数の割り当てなのか

アメリカ大統領選挙が近づいてきました。報道などでは接戦が伝えられますが、制度的なバイアスを考えると、「接戦ということは、ハリスの負けじゃん」と不安になってしまいます。

とはいえ、選挙結果を予測する能力は私にはないので、選挙人制度という奇妙な大統領選挙制度の問題について考えてみようと思います。

アメリカ大統領選挙の仕組み

最近はよく報道されるようになりましたが、アメリカの大統領は全人口が同じように1票をもって投票するのではなく、各州に割り当てられた選挙人(合計538人)をめぐっての争いであり、一部の州を除いては過半数をとった政党が、その州に割り当てられた選挙人を全部得る「勝者総取り」方式です。

この選挙人は、各州の人口比例ではなく、各州の上下両院の議員数に応じています(議席がないワシントンDCには3票を割り当て)。ところが、上院議員数は州の人口にかかわらず、一律各州2人となっています。当然、人口が少ない州のほうが、発言力が強くなります。

この結果、共和党支持者は農村部に多い→農村部は人口が少ない州だ→選挙人制度は共和党に有利だ、という三題噺のような話になります。私もそう信じてきましたが、そう簡単には言い切れないのかなと、最近思うようになっています。

以下では、実際の数字を使って、この辺りを考えていきます。

一般投票と選挙結果の違い

アメリカ全体での得票数を一般投票(popular vote)と言います。これに対し、各州の選挙人ベースでの結果を選挙人投票(electoral college vote)と言います。で、実は近年、この投票結果の間に逆転現象が起きており、民主党に不利な結果が続いています。

以下が1976年(カーター)から2020年(バイデン)までの一般投票の政党別推移です。民主・共和の二大政党以外の立候補者は、「その他」でまとめています。

1980年と84年(レーガン)、1988年(ブッシュ父)の頃は、非常に共和党支持が高かった時期です。毀誉褒貶はありつつ、レーガン・デモクラットと呼ばれるレーガン支持の民主党支持者も多かったという、二極化が進む今では考えられない時期でした。

1992年に第三党が大きく票を伸ばしていますが、これはリバタリアン党のロス・ペローが立候補した年。これがなければ、ブッシュ(父)は再選されたんじゃないか、というくらい、大きな得票をしています。

見て分かるように、最後に共和党が一般投票で民主党を上回ったのは2004年、ブッシュ(息子)の2期目の年です。これはまだ同時テロから間もない時期で、ブッシュの「テロとの戦い」というスローガンに説得力があった時期です。

一方、ブッシュ1期目(2000年)では、微妙にですが民主党(ゴア)の得票数が勝っています。この年はフロリダ州の選挙結果を巡って再集計が繰り返され、最終的に最高裁の裁定で決着してしまったという大混乱の年です。

そして2016年には、トランプが一般投票では明らかに負けているのに、選挙人の獲得数では上回り、大統領になってしまいました。このため、選挙人制度は共和党有利のバイアスがあるんじゃないか、という見方が根強くあります。

このバイアスを踏まえると、事前の世論調査で互角(一般投票でも互角の可能性高い)ということは、トランプの勝ちが決まっているも同じだろう、という悲観論が出てくるわけです。

投票人割り当て数と人口シェア

では実際に人口比と投票人の割り当て数を比較してみます。実際には人口比ではなく、選挙権を持つ年齢層で比較したほうがいいのですが、簡単にデータが探せなかったため、人口数で代理します。

全538人の選挙人を人口比に応じて各州に割り振った仮想の数(四捨五入して整数にしているため、合計は538人にならないのですが)と、実際の選挙人の数との差を示したのが、以下の図です。マイナスは実際の選挙人が人口比で考えて少ない州、プラスは選挙人が人口比で考えて多い州を示しています。

また横軸の州は、2016年選挙の各州レベルの投票数で民主党の得票率から共和党の得票率を引いたギャップにより並べています。右のほうは民主党支持が強かった州です(逆にすべきだったか…)。確かに左の共和党支持が強い州はプラスの州ばかり、右の民主党支持が強い州ではマイナスの州が並んでいる感じはあります。

真ん中あたりは、共和・民主の支持率が拮抗している州。ここにマイナス(人口比以下の選挙人割り当て)の傾向が強いというのも、なかなか面白いところがあります。因みにテキサス州は1980年以降、ずっと共和党がとっていますが、フロリダ州は時々、民主党に振れています。

ただ、この見方には批判もあります。例えばニューヨーク州やカリフォルニア州では、そもそも選挙人の割り当て数自体が多く(カリフォルニア人55人、ニューヨーク29人で、全体の15.6%)、そこが勝者総取りでごっそりと選挙人をさらってしまうため、十分に人口比マイナス分を補っているはずだ、という反論です。

バイアスの試算

では、2016年の選挙(一般投票では負けていたのに、トランプが勝ってしまった選挙)で、どれぐらいバイアスがあったのか試算してみます。2016年の州別の得票率を出発点にして、すべての州で共和党の得票率を一定率(例えば0.1%)だけ減らし、逆に民主党の得票率をその分だけ増やします。

この調整率を少しずつ上げていくと、どこかで勝敗が逆転する州が出てくるので、その州の選挙人を民主党に振り替えます。この結果、民主党が選挙人でも勝利(270人)を得ることになる調整率を「バイアス」と考えます。

また、この年の民主党の一般投票での得票率は51.2%でした(第3政党を除く民主・共和のみのシェア)。選挙人で言えば276人なので、このラインを超える調整率をバイアスと考えてもいいでしょう。

この結果は以下の通りです。民主党の選挙人獲得数が半数あるいは一般投票結果を超えるのは0.4%の時で、この時に選挙人の獲得数は279人になり、また一般投票ベースのラインもクリアします(0.3%だと249人)。つまり、この選挙でのバイアスは、たかだか0.4%と評価することができそうです。

(注:この年、テキサス州、ワシントン州、ハワイ州の選挙人は、実際の投票時にトランプでもヒラリーでもない人間に一部、投票しています。またメイン州では投票数に応じて、トランプとヒラリーに配分しています。計算を簡単にするため、これらの州でも全員をトランプあるいはヒラリーに配分しており、実際の結果とは微妙に異なります。)

正直、こんなに小さいとは驚きでした。もっと民主党に不利なバイアスがかかっていると、個人的には信じ込んでいました。計算の考え方が誤っていないことを願いますが。

むしろ勝者総取りが問題なのでは?

でも上のグラフで分かるように、このわずかな調整で233人(上述の通り、実際のヒラリーの選挙人獲得数とは異なる)から279人へと、46人も選挙人獲得数が増えているのも驚きです。まず調整率0.2%時点でミシガン州16人、また調整率0.4%時点でペンシルバニア州20人、ウィスコンシン州10人の結果が一気にひっくり返りました。やはり、勝者総取り方式のために、このようなわずかな投票結果の差が、これほどまでドラスティックな最終結果の差をもたらしているのだと考えられます。

そこで、先ほど計算した人口比に応じた選挙人の仮想割り当て数を使い、各州の投票結果により選挙人を割り振り、実際の選挙人獲得数との差を計算したのが以下の図です。確かにカリフォルニア州でプラス10、ニューヨーク州とワシントン州でプラス4等、民主党に有利に働く結果はあるのですが、同様に共和党側でもテキサス州でプラス10、フロリダ州でプラス5等があります。

結果的には共和党303、民主党232となり、やはりトランプ勝利は変わりませんでした(四捨五入の関係で、合計は538にならない。また両名以外への不適切な投票があり、実際の選挙人獲得数は304対227です)。そう考えると、やはり問題は選挙人の州ごとの割り振りというより、勝者総取りの結果、全国的な「民意」が歪められていると考えたほうがよさそうな感じがします。

最近は日本でも、「政権交代可能な二大政党制を作る」という掛け声で始まった小選挙区制が、結果的に多くの「死票」を生むことで民意を取りこぼすことに疑問の声が出るようになっていますが、(少なくとも現状では)世界で最も大きな力を持つアメリカの大統領の選挙で、このような現象が起きることには、どうにも釈然としません。

でも、まぁ、この問題が変わることはないでしょうね。やはりアメリカは「合州国」であって(≠合衆国)、統治の基本単位は州なんですよね。州を越えて引っ越すと、免許証は再発行になるし、州により細かい法律も変わるし、我々日本人からすると非常に「非合理的」な印象が拭えないのですが、それでも「州ファースト」をよしとする考えは、身にしみこんでいると思います。

さて、来週の選挙結果がどっちに転ぶか。衆議院選挙のとき以上に、こっちのほうが気になってしまうのは、どうにも外国人の立場からは不条理だと思うのですが。

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