「多数決投票」対「優先順位付き投票」~選挙制度改革に、ちょっと変わった視点も?

自維政策合意の議員定数削減。とりあえず今年は見送られましたが、来年以降、これがどう進展するのか、年寄りは心配で夜も眠れません(ってなことはないですが)。今の小選挙区中心の選挙制度改革に言及する向きもあり、そっちになると、ちょっと面白いかもしれません。

そんなことを考えている中、先月のニューヨーク市長選挙の制度について面白い記事を見かけたので、ちょっとシミュレーションしながら紹介してみます。

「社会主義者?」を選んだニューヨーク市長選挙

先月行われたニューヨーク市長選挙では、インド系ムスリムのマムダニ氏が当選しました。自分を「民主社会主義者」と呼んでいて(バーニー・サンダースと同じ?)、特に若者層から強烈な支持を受けていたようです。民主社会主義というのは、暴力革命を通じるのではなく、民主的な選挙を通じて社会主義への移行を目指す、という意味らしいです。

まぁ、この選挙結果自体について、私には論評する知見もないのですが、関連の雑誌記事を読んでいて非常に面白かったのが、民主党候補者を決める予備選挙の制度。通常、有権者は自分が一番良いと思う候補者1名を選んで投票し、最多得票の候補者が当選します。「単純多数決投票」と呼べばいいのでしょうか、今回、初めて知りましたが、英語では「pluralist voting」というらしいです。直訳すると「複数代表制投票」みたいな感じなので、ちょっとモヤモヤしますが、仕方ないですね。

一方、ニューヨーク市の民主党予備選挙は「優先順位付き投票(ranked choice voting)」というものだそうです。この制度では、有権者は複数の立候補者に対し、1番、2番…と優先順位をつけて投票します。まずは1番をつけられた候補者で得票数を数え、仮に過半数を得ていれば当選が決まりますが、そうでない場合、優先順位1番の中で得票数が最下位だった候補者をリストから落とし、その修正リストで1番の候補の得票数を数え直します。

例えば私が「A→B→C」という優先順位で投票をして、第1ラウンドでA候補が最低だった場合、私の投票は「B→C」となります。別の人が「A→C→B」で投票していたら、その投票は「C→B」となります。つまり優先順位1番がAという点で同じですが、第2ラウンドでの私の選択はB、別の人の選択はCとなり、それで再集計します。これを最多得票が過半数を得るまで繰り返すという制度です。

今回の予備選では、マムダニ候補以外に、クオモ候補(前州知事)を含め9人の立候補があったのですが、第1回目のカウントではマムダニ候補の得票率は43.82%、クオモ候補が36.12%で過半数に届かなかったため、この手続きを経て、最終的にマムダニ候補の得票率56.39%となって決定したそうです。

優先順位付き投票(例)

数値例を使って、この制度を説明してみます。1000人の有権者がいて、AからDの候補者に投票する選挙を考えます。以下では、各有権者に対し、全くランダムに4人の候補者の優先順位を割り振りました。グラフは、横軸の1~4位の優先順位ごとの各候補の得票数を示しています。

通常の多数決投票であれば、優先順位1位の票だけカウントするので、最多得票を得たA候補者が当選です。A候補者の得票数は259票と過半数には全く届いていませんし、2位のD候補者(253票)との差も僅かですが、比較多数ということで当選になります。

これに対し、優先順位付き投票を行った場合の各ラウンドの得票数の推移が以下のものです。1回目は先ほどのグラフの第1位得票数と同じです。この時、A候補の得票数は過半数にならないので、第2ラウンド(数えなおし)に進みます。

この場合、第1ラウンドで得票数が最も少なかったBがはじき出されます。各有権者の投票からBを除き、A、C、Dで1位から3位を振りなおし、得票数を数えなおします。この結果、やはりA候補が最多ですが、それでも過半数には達していません。

そこで最小得票数のCがはじき出されて、AとDのみで1位、2位を振りなおして再集計します。すると、今回はDの得票数がAを上回ります。2人なので、当然過半数です。

こうして、1位だけのカウントでは最多得票ではなかったDが、わずかな差ではありますが、最終的な勝者となりました。

幾つかの国での大統領選挙では、1回目投票で過半数を取る候補者がいない場合、上位2人で決選投票をする、というものがあります(例えばフランス)。これを1回でやってしまう、というのにも近いですが、いきなり1回目投票の上位2人に絞るのではなく、優先順位に従い徐々に候補を絞り込んでいくという点が、少し違う点でもあります。

制度の利点

この制度の利点としては、いくつかのポイントがあげられます。

まず単純多数決の場合、得票率が30%であっても最多得票の候補者が当選してしまいます。もちろん民主政治としては、これを受け入れるべきとも言えますが、仮に残りの70%の有権者が、この候補者を滅茶苦茶に嫌っていたとしても、この多数意見が考慮されず無駄になってしまいます。例えば「俺はAを支持するが、同時にBには絶対当選してほしくない。AがダメならCのほうが絶対によい」というのも民意ですが、それが全く反映されません。

他の有権者がどう行動するか分からない中、「新聞の世論調査を見るとAは弱いかもしれない。とすると、Bの当選を阻止するには、Cに投票すべきか。でも、もしかすると、世論調査が間違っているかもしれないし…」と悩むこともありえます。この場合、「A→C→B」という優先度をつけて投票すればいいわけです。

また似たような候補が出ると、そこで票が割れて、結局、必ずしも多くが支持していない候補が当選する恐れもあります。例えばAもBも有権者の支持を得ているが、Aは男性、Bは女性という場合、性別で票が割れてしまい、結局、支持が低いCが多数を得てしまう可能性もあります。この場合も、有権者の多くが「A→B→C」あるいは「B→A→C」の投票をすれば、支持の低いCは排除され、AとBの比較多数にすることができます。

このラインで考えると、SNS等で過激な主張をしてカルト的な人気を持つ候補者を排除し、有権者の多くが持つ問題意識を丁寧に汲み取ってくれる候補者を選ぶことにもなります。仮にベストではなくても、ワーストな候補が(事故のような形で)選ばれることを防ぐことになります。

もちろん、「政治はそんな生ぬるいもんじゃない。凡庸な輩に革命は起こせん!このまま同じ政治をしていては、この国は亡びるぞ!」という考え方の人からすると、こんな制度は許せないでしょうが。

シミュレーションしてみると?

この点を再びシミュレーションで確認してみます。

今回は3タイプの有権者(保守、中道、リベラル)が、それぞれ1000人ずついて、候補者もA(保守)、B(中道)、C(リベラル)の3人いるとします。当然、保守タイプの有権者はA候補に投票する傾向が強いですが、100%ではありません。例えば共和党の有権者でも岩盤MAGA層もいれば、「今回、トランプは…」と思った人もいますし、民主党の有権者でも「ちょっとハリスは…」と思った人もいたでしょう。従って、傾向的には自分の政治姿勢に従いますが、そこには「揺らぎ」があるとします。

例えばタイプ1の有権者の選好確率を{A:60%、B:30%、C:10%}、タイプ2{A:30%、B:40%、C:30%}、タイプ3{A:10%、B:30%、C:60%}とします。タイプ横断で合計を見れば、保守、中道、リベラルとも同じ比率になっています。タイプ1は保守のA、タイプ3はリベラルなCを選好します。タイプ2は中道Bにウェイトがありますが、その時の情勢によりAやCにも投票する確率が少し高いという想定です。ただし完全にこの確率で投票が分かれるのではなく、ある程度の幅があると想定します。

以下が、あるランダムな試行による投票です。この場合、優先順位1位の候補の得票数は{1009 vs 989 vs 1002}となっていて、単純多数決だと、極めて僅かな差ですがAが当選します。一方、優先度付き投票の場合、過半数を得ていないため、最下位のBを除外して、AとCの2候補で票を数えなおすというプロセスに進みます。

さて、上記の投票行動には、ある程度の揺らぎがあるため、次の選挙の時には(傾向は維持しつつも)全く同じ投票結果にはなりません。その時の経済状況や候補者の言動、SNSの情報などにより、ある程度の違いが出てきます。

このシミュレーションを1000回繰り返して、各候補者が当選する確率がどのように分布するか、単純多数決投票と優先順位付き投票でどのように変わるか確認してみたのが、以下のグラフです。

左パネルの単純多数決(plurality)の場合、若干、中道Bが当選する確率が高いとは言えますが、AやCの当選確率も似たようなもの。つまり有権者の政治的志向が変わらないとしても、当選する政治家は毎回、コロコロと変わりうるということです。

一方、右パネルの優先順位付き投票(ranked)の場合、中道Bが当選する確率が7割弱と、かなり高まります。もちろんAやCが当選する確率も一定程度ありますが、両極端の政治志向の候補よりも、有権者全体から「最も嫌われない」候補が当選する確率が高まります。

マムダニ市長の場合、「急進左派」というレッテルからするとC候補のような極端主義者のイメージになりますが、恐らく公約的には多数が支持する内容だったんでしょう(少なくともニューヨーク市においては。全米でどうかは別のハナシ)。

さて、自維の政策協定による議員定数の削減合意では、何となく比例定数の削減が主眼という感じ。これに対し「多様な意見が無視される」と少数政党が反対する構図ですが、死に票が多くなる小選挙区を中選挙区に戻すという方向の議論もちらほらと見えます。こういう選挙制度改革の議論がある中、こういう選挙のやり方もあるのかなと、ふと思ったのですが、まぁ、この導入はさらに難しいでしょうね。

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