「急進左派がアメリカ国内でのテロ増加の原因だ!」…う、う~ん?

アメリカでは銃による暴力事件が以前から起きていますが、最近は政治的な色彩を強くしている感じ。さらに困惑させられるのが、特に若い世代では分断が進む中、政治的暴力を容認する意見が強まっているという世論調査もあります。

同時に困るのが、トランプは従来の大統領とは全く違い、さらに分断を煽り、これを自身に反対する勢力への攻撃材料に利用しているところ。今回はアメリカでの政治暴力に関してファクトチェックをしてみようと思います。

政治暴力の大半が左派?

アメリカでは銃撃事件を含む暴力事件など日常茶飯事ですが、政治的な背景をもった事件も頻発します。こういった場合、通常、大統領は「意見の違いを乗り越えて、和解に努めよう」と国民の団結を促すものです。

トランプは当然、そんな「ふつう」のことはしません。むしろ、対立を煽り立てます。今年9月にはチャーリー・カーク銃撃、テキサス州の移民・税関局施設への銃撃、ミシガン州のモルモン教会乱射などの事件がありましたが、即座に「過激な左派による政治的暴力」と声高に非難。そもそも、これ以前から「急進左派の暴力事件が急増している」と決めつけて、民主党知事・市長(加えてトップが黒人か女性。なぜかこれまでのところ、白人男性の場合はない)の地域に州兵の派遣を命じてきています。

そこで今回はアメリカの政治的暴力事件について、どんな思想的・政治的背景をもった人間が、どういうターゲットを標的にしているかなどを眺めてみます。

「The Prosecution Project」という、アメリカにおける政治的暴力に関する起訴・裁判データを収集するデータベースを使います。単純な殺人、強盗等は除き、動機や目的に政治的・社会的要因を含む事件のみについて、被告人の属性(性別、年齢、宗教、国籍など)、量刑・判決、動機・手段・標的などの情報を収集しています。また各事件が「ヘイトクライム」に相当するかどうかの分類もあります。

なお元データは被告人ごとに記録されています。例えばデモが暴徒化して商店を破壊した場合等、20人が訴追されれば、20件のデータとなります。これだと単独の銃乱射事件より、デモが暴徒化した事件のほうを多く数えてしまうので、同じ事件での訴追は1件に再集計しています。

また日付は判決が出た日なので、事件自体はそれよりも前に、例えば前年に起きている場合もありますが、大きな傾向を見る上では大丈夫でしょう。(ざっと見ただけだと、なぜか議会襲撃事件の記録が見つからないんだが。)

イデオロギーによる分類

まず犯人のイデオロギー別の傾向です。大きく左派(Leftist)と右派(Rightist)、ジハード主義、国家主義/分離主義者、その他に分けられ、また左派・右派については、より詳しい分類もされています。2025年は途中なので、24年までのデータを使います。

グラフ上段はヘイトクライム、下段は非ヘイトクライムですが、いずれも2017~19年頃、大きく件数が伸び、特に2019年にヘイトクライム、非ヘイトクライムとも件数が突出しています。

特に選挙の年でもないし、何か特定のイベント絡みで増えたというより、そういう「時代」と考えるしかなさそう。判決日ベースなので、事件はもっと前に起きている可能性がありますが、大きなトレンドとしてトランプ時代と政治暴力(しかも右派による暴力)の急増が絡み合っている感じは否めません。まぁ、正確には分かりませんが。

左派/右派の分類で見ると、ヘイトクライムでは圧倒的に右派、特にアイデンティティ型右派がほとんどを占めています(トランプ時代以前も含めて)。これは人種、民族、宗教、ジェンダー、性的指向などの特定のアイデンティティを持つグループ攻撃対象とする事件を指します。当然、白人至上主義や外国人排斥、反LGBTQもここに入り、トランプ時代にこのグループが活発化したのは、感覚的には納得感はあります。

また非ヘイトクライムだと、2001年以降(つまりイラク・アフガニスタン侵攻以降)、ジハード主義の事件数が、より多く目立つようになりましたが、近年この件数は減少傾向にあり、変わってアイデンティティ型あるいは国家主義型右派が増えています。

なお2024年、全体数ではかなり事件数が減少する中、反政府左派グループの犯罪が比較的多く記録されていますが、この大半がイスラエル抗議運動に絡むものです(ヘイトクライムには認定されず)。こういうデモがユダヤ人への直接的な暴力となるなら問題ですが、どこまで「政治暴力」とレッテル貼りをするかは難しいところです。

いずれにしても、全体を見た際に「急進左派が問題を引き起こしている」と評価できるとは、ちょっと思えません。

ターゲット別の推移

次に、これらの事件でターゲットにされたのはどこか見てみます。ここでは被告のイデオロギーとして右派・左派に分類されたもののみを対象とします。

まず起訴された側のイデオロギーで分類した上で、イデオロギー面でのターゲットを横軸に置き、その中で物理的なターゲットを棒グラフの中の色で分けています。ただしグラフが読みにくくなるのを避けるため、左派側は2件以上あるもののみ、右派側は5件以上あるもののみ数えています。また時代を2000~15年と2016~24年の2つの期間に分けて、その合計で比較をしてみました。トランプ以前と以降という感じですね。

まず左派で見ると、ヘイトクライムは極めて限定的でトランプ以降のみ、またアイデンティティ型のみとなっています。多いのは人種・民族問題(白人を明確にターゲットにした暴力事件)ですが、それより少ないものの「ユダヤ教」も見られます。これらは、イスラエル=ガザ紛争への抗議が背景にある事件のようです。

非ヘイトだと、トランプ以前は環境・動物保護グループが企業を攻撃した事件が最も多く見られます。多くはパイプライン関連企業に対して起こした活動。先住民地域を通るダコタ・アクセス・パイプラインというのが問題になった時期で、これが多く記録されています。また動物の権利保護グループが食品産業に対して起こした事件も含まれます。

この種の事件はトランプ後でもかなり多いのですが、トランプ後になると反政府事件が最多になります。政府機関に対して起こす事件に加え、個人に対する事件も多く見られますが、これは議員に対して何らかの脅迫や攻撃をしたものです。

一方、右派になると、ヘイトクライムの件数も桁が違ってきます。トランプ以前でも以後でも、人種・民族に関する事件が最多となっていますが、トランプ以後ではユダヤ教に対する事件数が大きく増え、さらにトランプ以前では見られなかった「国籍」を明示的に対象にした事件が出てきます。ラテンアメリカ系、中国系、移民全般を狙ったヘイトクライムです。

また非ヘイトクライムでは、左派の「環境・動物保護」に代わり、「人工妊娠中絶」をめぐる事件が頻出します。中絶反対グループがクリニックを攻撃するタイプの事件で、実にアメリカ的です。

ちょっと面白いのが、トランプ後ではアイデンティティ型グループの事件で、イデオロギー面のターゲットが「unspecified」、物理的ターゲットも「No direct target」というものが非常に多いこと。ざっと記載を見ると、直接的に被害者が出る状況まで行っていないものの、未登録の銃器を所持したり、爆弾を作ったりというもののようです。右派過激グループの暴力の準備が進んで、何かあれば一気に噴き出すという状況が醸成されているように思えます。こわっ。

まぁ、いずれにしても、ヘイトクライムは完全に右派のもの。非ヘイトクライムだと、左派は環境過激派、右派は中絶反対派という特徴は見られますが、政府に抗議するタイプの事件が全体的に多い点は左右に共通しています。もちろん件数的には右派が圧倒的です。

被害者の数で見ると?

さてこれまで政治的暴力事件の「件数」で見てきたわけですが、やはりアメリカの場合、銃器が野放しになっているということで、実際にどれぐらいの死者・負傷者が出たかという観点でも見ておきたいところ。

これを集計したのが以下のグラフです。上段がヘイトクライム、下段が非ヘイトクライム、また左側が負傷者数、右側が死者数です。棒グラフの色は、最初と同じく被告のイデオロギーで分かれています。

まずヘイトクライムの負傷者数を見ると、大半はアイデンティティ型右派によるもので、特に2019年の被害者数が負傷、死者ともに突出しています。この年には、テキサス州エルパソのウォールマートでの銃乱射事件(死者23人、負傷者25人:メキシコ人を狙った事件)、フィラデルフィア州ピッツバーグのシナゴーグでの銃乱射事件(死者11人、負傷者7人:ユダヤ人がターゲット)といった大きな事件がデータベースに記録されています。

非ヘイトクライムだと、ジハード主義者の犯罪が目立つ年があります。2013年に負傷者数が突出していますが、これは同年4月のボストン・マラソン爆弾事件です。同じく2013年の死者数を大きく押し上げているのは、テキサス州フォートフッド基地でのパレスチナ系米国人軍医による銃乱射事件(ただし事件自体は2009年に発生)。2018年にも多くの死者数を出した事件がありますが、ウズベキスタン移民の犯人が、自転車レーンにトラックで突っ込んだ事件です。

ボストン・マラソンの場合は、テロ組織との関連は公式には認められていないとされていますが、その他2件はイラク/アフガニスタンへの軍事介入に原因がある模様です。この辺りが移民に対する忌避感情を生む背景のひとつなのでしょう。このような恐怖心自体は否定できないのですが、それを銃器に対する取り締まりではなく、外国人・移民一般への排斥という方向に行くのが実に右派的な考え方です。

死傷者数で見ると、どうしてもジハード主義者の犯行で突出するものがあり目立ってしまうのですが、それを除くとやはりアイデンティティ型右派、次いで政府批判型右派の事件が目立ちます。死傷者数の多い凶悪事件で見ても、「急進左派が問題を引き起こしている」というレッテル貼りが支持されるとは、ちょっと思いにくい状況。ところがトランプは「警察では対処できない。州兵が必要」として民主党市長(しかも黒人あるいは女性)の地方政府を狙って派兵を進めるという支離滅裂さです。

まぁ、トランプの場合、それが事実かどうかはどうでもよく、仮にデータが違っていても「それはリベラルが作ったフェイクデータだ」と言ってしまえば、MAGA信奉者はそれを受け入れてしまうので、あまりこういう作業をやっても意味はないんですがね。

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