前回の記事では、IMFの世界経済見通し(WEO)を使って、特にGDP成長率の予測精度やクセのところを見てみました。もちろん、私も含めて、多くの人が最も関心があるのがGDP成長率ですが、実際にはWEOでは他の多くの変数の予測もあります。
まぁ、確かに200ヵ国近いデータを全部見るわけにもいかず、分かりやすい少数のデータに絞って見るしかないのでしょうが、せっかくの数多くのデータを捨ててしまうのも、もったいないなぁ、といつも思っていました。そこで、今回はWEOの全体データを見比べて、何か面白いことが分からないか、試してみたいと思います。とはいえ、そんな衝撃的な発見もないんですけどね。
変数の予測値の分布
まずは予測の最終年である2029年までに、主要な指標がどのように変化しているのかを、ざっと確認します。使う指標はGDP成長率、インフレ率、投資率、経常収支、輸出・輸入数量、財政プライマリー収支、利払い/歳入比、公的債務/GDP比。2024年4月バージョンで、2023年から2029年までの累積変化を計算してみます。
まず指標のヒストグラムを見ると、こんな感じ。ただし、いくつか異常に数値の大きい国があるので、グラフからは恣意的に落としている国があります(ジンバブエの累積インフレ率490%とか、東ティモールの経常収支/GDP比45%減とか)。やはり、これだけバラつきのある変数がある中、それぞれがどういう関係にあるのか、もう少し詳しく特徴を見ていきたくなりますね。
クラスタリングで分類
では、これらの指標を使って「クラスタリング」をやってみます。これは、各国のデータの近似度から同じ傾向の国を分類する「教師なし学習」の最も初歩的なものです。グループの数としては、規準となる数値上は「2つ」が最も適しているとの結果でしたが、3つ、4つの場合の指標も数値的にはほぼ変わらない水準でした。そこで恣意的ですが、3つに分けてみます。結果的に、各クラスターに属する国数は、それぞれ21ヵ国、55ヵ国、75ヵ国となりました。先ほどの指標について各クラスターの分布を見ると、以下の通りです(外れ値はグラフから落としています)。
ざっと特徴を分類すると、
クラスター1:成長率はあまり高くない一方、インフレ率は高い。プライマリー収支は最も黒字が大きいが、利払い負担も大きく、債務比率は低下傾向が最も大きいという「財政再建」的な性格の強い国か。一番、問題ありなグループと言えそう。投資率は高いが、貯蓄率も比較的高いため、経常収支の赤字は大きくない。
クラスター2:成長率は高く、インフレ率もそれほど高くない。財政的にはプライマリー収支はほぼ均衡しており、債務比率も大きく動かず。輸出入とも大きく伸びる中、経常収支は若干赤字傾向という、概ね健全な成長国という感じか。
クラスター3:GDP成長率もインフレ率も低く、貯蓄投資比率、輸出入伸び率も低い。財政的にはプライマリー収支は若干赤字拡大傾向で、公的債務も拡大傾向。利払い負担は低いが、恐らく金利が低いためで、先進国の多くが該当しそう。
問題ありそうなクラスター1に属する国を見ると、例えば先進国ではキプロス、ギリシャ等、上位中所得国ではアルゼンチン、トルコ、イラン、ジャマイカ等、下位中所得国ではエジプト、パキスタン、ガーナ、ナイジェリア等、低所得国ではハイチ、マラウィ、シェラレオネが含まれています。何となく、問題を抱える国のイメージとしては合致しそうです。
クラスター3は実際、ほとんどの先進国が属しますが、逆に低所得国だと中央アフリカ、チャド、マリが入っており、これらは数字上、このクラスターに入ってはいても、経済変数は低い水準で停滞しており、あまり望ましくはないのでしょう。もう少し詳しく見るべきなのですが、これ以上は立ち入りません。
前回バージョンからの見通し変化による分類
最後にもうひとつ、半年前のバージョンと比較して、今後の経済見通しが大きく変わる国はあったのでしょうか。前回2023年10月と今回2024年4月の経済見通しの差を、前回と同じ11指標で計算し、クラスタリングを行います。今回は明らかに最適クラスター数には2が選ばれたので、これを用います。各クラスターに属する国の数は26対125、全体の2割弱がクラスター1に、8割以上がクラスター2に分類されました。
各指標の分布を見ると、GDP成長率とインフレ率には、それほど大きな差はありませんが、貯蓄、投資は若干、クラスター1で伸び、輸出入も(特に輸入が顕著ですが)上方修正されています。ただし財政面ではプライマリー収支、公的債務の見通しの悪化が顕著です。ざっくりと言えば、前回よりも拡張的財政政策をとっているが、輸入増により漏出し、経済成長にはあまり結びついていない、という感じの国でしょうか。あまり個別国の詳細を見ずに、こんなことを書くのはリスキーですが。
クラスター2はゼロ近傍の狭い範囲に分布しており、前回と同じ「巡航速度」を続けていますが、クラスター1はそこから外れて、(良い方向か悪い方向化は別として)見通しが変わってきた国と言えます。その詳細を分析していくことが主な関心となりますが、今回はそこまでは入りません。
因みに両クラスターを地図上にプロットすると以下の通り。アフリカ等で空欄があるのは、データがないためクラスタリングの対象外となった国です。
というわけで、IMFのWEO経済見通しを使って、少し遊んでみました。もう少し色々な分析はできるかもしれませんが、(前回の予測精度の記事と合わせると)かなり長くなってしまったので、とりあえずこの辺りで止めておきます。次の10月バージョンが出たところで、また色々と考えてみたいと思います。