今年のノーベル物理学賞の受賞者が、AI関連の先生方に決まったとのこと。私自身、この分野は全く疎いのですが、受賞者のうちの一人、ヒントン教授について日経新聞が以前、インタビュー記事を載せていました。同先生によると、「2040年にGDPが無限大になる」シンギュラリティ点に到達するとか。
実をいうと、そんなに真剣な議論ではないのですが、簡単な式を使った議論だったので、「お遊び」程度に確認してみようと思います。
2024年ノーベル物理学賞
今年のノーベル物理学賞が、プリンストン大学のホップフィールド教授とトロント大学のヒントン教授に授与されることが発表されました。
私はこの分野、全く詳しくなく、必要に迫られて「見よう見まね」で機械学習ぐらいには何とか手は出すものの、深層学習については全く手つかず。さらに、その根本的な原理等については、全く理解しようと思ったこともありません。
この分野の専門家の方だと思いますが、東京大学の伊藤乾教授という方が、本来は日本の甘利俊一、福島邦彦両教授が受賞すべきだと、かなりお怒りのコメントを書かれていました。しかしこの方々についても、全く名前すら知らないという恥ずかしい状況です。
2008年にクルグマン教授が経済学賞を受賞した際も、空間経済学で受賞させるなら藤田昌久教授も同時受賞だろう、という批判はありました。まぁ、クルグマンの場合は貿易理論と空間経済学の2分野ということだったので、仕方ない部分はあるのでしょうが、ちょっと残念ではあります。
「GDPシンギュラリティ」の予言
そんな感じで、今年の受賞者お二人の名前すら知らなかったため、ちょっと検索をしてみたところ、今年3月の日経新聞のインタビュー記事に出くわしました。その中で、ヒントン教授と教え子との間の議論として、GDPのシンギュラリティ(とは明確に書いていないのですが、記載上、この用語を使わせてください)というものに触れているのが、目を引きました。
非常に簡単な式で、多くの国のGDPが「GDP = a/(2040 – year)」の式に沿って伸びている、という観察。産業革命以降、大きく伸びてきた各国のGDPが、生成AIが普及を始めた近年、さらに急速に伸びており、このままいけば、2040年には無限大に達する、という指摘だったそうです。
ここからAIが人間の知性を超える「シンギュラリティ」に到達し、GDPの大半をAIが稼ぎ出すようになれば、人類の存在価値がなくなる、従ってその開発についても政策的対応が必要、という方向に議論は展開していきます。
この式を図示すると、こんな感じです。分母が「2040-year」ですから、2040年に近づくにつれ、分母はゼロに近づき、その結果、式の値は無限大になっていきます。
まぁ、この式自体は、あくまでトレンドを示しただけであり、資源制約も何も考えていない単純な傾向を示したまでです。実際、この議論は厳密な議論を踏まえて論文などにしたものではなく、教え子との話題として軽く触れたという印象の記事です。これだけで未来を確実に予測するものではないですが、単純な式だけに魅力的です。ちょっと、これを検証してみましょう。
アメリカのGDPで検証
記事にはGDPの単位(名目/実質、ドル建て/現地通貨建て/PPPベース、総額/一人当たり)がないので、米国のGDP総額で検証してみます。世銀World Development Indicatorsを使って、米国の名目GDP及び実質GDP(ドルベース、PPPベース)の4つを、この式に当てはめてみます。期間は1960~2022年です。
推定結果は以下の通り。いずれも係数は有意で(ドル建て実質GDPの固定項を除く)、また決定係数も非常に高いです。まぁ、こういうある程度、安定的なトレンドで伸びていく変数の場合(GDPは、ある程度の上下があるとしても、マイナス50%やプラス200%のような極端な動きはしませんから)、何も考えないでもフィットはいいので、いくら決定係数が高いといっても、それ自体は過度に受け取ってはいけませんが。
では、この推定結果を使って実際のGDPとシミュレーション結果を比べてみます。PPPベースは1990年以降しかないので、実績値の始点が遅い点はご容赦。実質GDP(RGDP_xx)については、どちらかというとリニアな傾向があるようには思いますが、ドル建て名目GDP(NGDP_USD)だと、確かによくフィットして、急勾配に転じているイメージは得られます。
他の主要国で検証
ではアメリカ以外の主要国でも同様の傾向がみられるのか、確認してみます。ここではG7(もちろんアメリカ以外)に、中国、インドを加えた8カ国で確認します。アメリカのケースでは名目GDPのパフォーマンスが良さそうだったので、まずは現地通貨建ての名目GDPで確認してみます。
やはり目立つのは日本、次いでイタリアですね。日本は1990年以降のGDPがほぼフラットになってしまっているので、全くダメです(情けない…)。イタリアも日本に近いですが、日本ほどフラットではありません。実は日本の場合でも、決定係数でみたフィットは0.56と非常に低いのですが、年の係数自体は有意なんです。
しかしこの両国を除くと、それなりによく傾向をとらえているように思えます。インド、中国は、足元では実績のほうが推定結果より急勾配。カナダもかなりいい感じです。
次にPPPベースにすると、もう少しパフォーマンスはよくなります。データ期間が短いので、特に日本の場合は急勾配に「転じる」という感じが見えないのですが、そのほかの国については、比較的よくフィットしています。日本の決定係数も0.90まで上がります。
シンギュラリティの到達年の推定
ここまでは、与えられた式と実績データのフィットを見てきましたが、ここでのポイントはむしろGDPが無限大になる年の方だと思います(式の2040年が正しいかどうか)。そこで、これを推定していきましょう。
非線形推定になるため、パラメーターの初期値を与える必要があり、全体にフィットもよかったので、上での推定結果を初期値に与えています(到達年も2040を初期値にしている)。従って、その周辺での最尤値ということになりますが、それでも到達年はかなり変わってくれています。
やはり足元での成長率が高いインド、中国では到達年が早く、現地通貨建てだと2030年前後、PPPベースだと2040年過ぎとなります。先進国は少し遅くなり、現地通貨ベースだとアメリカ、カナダ、イギリスなどが2060~70年頃、PPPベースだとドイツが2046年、フランスが2059年と早めに到達します。
悲惨なのは日本です。PPPベースでは2100年代、円ベースだと2200年代と、我々がみんな死んでしまった後、SF的な未来にならないと到達できないことになります。というか、そもそもこの関数をフィットさせること自体、どうかというレベルで、むしろロジスティック曲線のほうが正しいか、という感じです。まぁ、石破政権(あるいは、その後?)に頑張ってもらって、しっかりと成長戦略を実行してもらい、今後の実績値が推定ラインに沿って上がってくれることを期待しましょう。
まぁ、さすがにこの結果をもって、AIの進歩により、あと10数年でインド、中国のGDPが米国を抜くだけでなく、無限大にまで到達し、ターミネーターの世界が迫っていると信じる人はいないでしょう。数字のお遊びレベルですが、個人的にはなかなか面白いと感じさせてくれた記事でした。