SDGsは非常に多種多様、幅広い目標を含んでいるため、結果的に政策努力が拡散してしまうのでは、という懸念の声は以前からありました。しかも以前のポストで見たように、貧困国(特にMDGsで取り残されたアフリカ)のSDG目標の改善が、このところ停滞しているようにも見えます。
果たして、バラバラに拡散してしまった数多くの目標を「同時達成」することは可能なのか考えないといけないのでは、と思うところです。
また最近、ハーバードのダニ・ロドリックという先生が、「国際政治経済のトリレンマ」という論(の拡張版)を展開しています。主な焦点は、ブレグジットやトランプ現象、欧州の極右政党の台頭等にあるようですが、SDGにも無縁ではない議論になっています。
ちょっと、この辺りを念頭におきつつ、 SDGsの目標間の関係を見てみようと思います。
貧困国の「キャッチアップ」は見られるか
まず貧困国がSDG達成において、先行する国々を追い上げ、追いつく「キャッチアップ」が進んでいるのか、「Sustainable Development Report」のスコアを使って見てみます。
以下は2000年時点のスコアを横軸に、その後2021年まで(2022年だとデータがない国もあるので)の指標の改善幅を縦軸にとった図です。
いわゆる「成長回帰分析」で有名なグラフをSDGの進展状況に当てはめてみたもので、傾向線が右下がりであれば、初期時点で達成度の低い国ほどその後の改善状況が顕著、つまり先行する国に「キャッチアップ」していることを示します。まぁ、現実には、スコアには100%という上限があるので、初期時点でスコアが高い国の改善余地は限られ、あまりこのグラフを用いるのは正しくないのですが。
所得グループごとに分けて傾向線を見ると、先進国(HIC)、上位中所得国(UMC)では傾向線が右下がりでほぼ重なっており、同じような収束傾向にあるといえます(もちろん100%の天井の影響は無視できません)。下位中所得国(LMC)は、少しフラットになるものの、ある程度の収束傾向はありそう。
問題は低所得国(LIC)であり、こちらは明らかな右上がり傾向。つまり初期段階でスコアが悪かった国ほど、その後の改善幅も低く、つまり低所得国グループ内では達成度の格差が拡大している、ということになります。
全体をひっくるめてみれば、LIC以外の国々では、グループ内・グループ間で右下がりの傾向があるのですが、最も気を配るべきLICの、その中でも低達成度の国が取り残されています。これでは「No one left behind」どころか、目標達成度の格差はむしろ拡大していることになります。
このように、最も改善が必要な低所得国(その中でも低い国)が取り残されている状況をどうするか。ひとつの方向は、だからもっとカネを出せというもの(国連の常套句です)。とはいえ、昨今のような経済環境が続く中、「遠い外国のために使うカネがあるなら、自分たちのことを何とかしてくれ」という声は根強い。ましてやトランプ主義者のように、「外国のことなど関係ない、1セント足りとも渡してなるものか」という主張が支持される政治的土壌すらあるわけです。
目標間の達成進捗に相互関係はあるのか
各目標間の改善度合いの関係を少し詳しく見てみようと思います。面白い関係をビジュアル的に示せないかなという動機でやっているので、学問的な厳密さは気にしていない点、ご容赦ください。
既に各指標(環境系を除いて)が高く、上昇余地が限られる先進国はデータから除きます。またSDG1(貧困)は2010年までは動きがないので、すべて2010年以降のデータに絞ります。そのうえで各指標の前年からの変化(差分)をとって、パネル分析を行い(本来は動学パネルにすべきでしょうが、シンプルな静学パネルです)、統計的に有意な係数だけを抜き出してみました。
実際には、これら目標の改善に共通に影響を及ぼしたり、特定目標だけに正あるいは負の影響を及ぼしたりする外部要因もあるので、これらの17の指標だけで分析をすることは全く厳密さを欠いています。この点は十分に留意する必要があります。
以下の図は横軸のSDG目標の改善が、その他の各目標の改善幅に及ぼす関係です。例えばSDG3(保健)はSDG13(気候変動)には負の関係ありとの結果ですが、それ以外の目標の多くにはプラスの効果を及ぼしています。
一方、SDG13(気候変動)が他の指標に及ぼす影響は、ゼロ(統計的には有意でない)かマイナス(SDG1, 3, 12;それぞれ貧困、保健、モノの浪費)という結果。あくまでラフな結果なので、安易な結論に飛びつきたくはないですが、あまりいい結果ではありません。
SDG14(海洋資源)とSDG15(陸の資源)は両者間にはポジティブな効果を及ぼしあっていますが(何となく理解できます)、そのほかの目標には正の効果なし、などといった結果になっています。
全体像を見やすくするため、これをネットワーク図に表します。パネル分析から係数が統計的に優位なもののみ抽出して、ネットワーク図を描いたものです。ただし係数がマイナスのものは、ネットワーク分析の性格上、同じグラフに描けないので分けて作図しています。線の太さ・色の濃さが係数の大きさを示しています。
一番、強くプラスの効果が出ているのはSDG6(水と衛生)。SDG3(保健)、5(ジェンダー)は分かる感じがしますが、SDG8(雇用)、9(技術)というのは、どう解釈すればいいのか。
プラス効果を持つ相手先目標の多さという点では、SDG3(保健)、SDG8(雇用)が顕著。SDG3(保健)がSDG1(貧困)、2(飢餓)、5(ジェンダー)、8(雇用)にプラスの影響というのは納得できる感じ。SDG8(雇用)が、SDG1(貧困)、3(飢餓)、9(技術革新)と相性がいいのも、分かるような気がします。
一方、SDG14(海洋資源)と15(陸の資源)はお互いにポジティブな影響を及ぼしつつ、他の目標とは離れたところに独自の場所を構成しています。またSDG7(エネルギー)は有意な係数を持たず、またSDG12(モノの浪費)、13(気候変動)は負の係数しか有意なものがないなので、このポジティブな相互関係図からは消えています。
エネルギーが他の目標との相互関係がないというのは、もうひとつしっくりきませんが、産業開発的な部分だけでなく、クリーンエネルギー的な取り組みも、強く指標に含まれているためかもしれません。
同様の図を、今度は負の係数のみで描いてみます。SDG10(不平等)とSDG17(パートナーシップ)はお互いに嫌いあっている目標(なんで?)。またSDG1(貧困)、3(健康),12(モノの浪費),13(気候変動)は、SDG13をハブにして、嫌い合っている感じの関係が見られて面白い(?)です。
特にSDG12(モノの浪費)→SDG13(気候変動)→SDG1(貧困)とかなり強めの負の影響が出ているのは、どう解釈すればいいのか。SDG12とSDG13は、どちらかというと先進国の環境重視の目標ですが、それがお互いに負の影響を与えつつ、それが途上国側の最重要目標のSDG1に負の影響を及ぼすというのは、ちょっと悩むところです。
「国際政治経済のトリレンマ」は、SDG同時達成の阻害要因なのか
と、まぁ、少し批判的にSDGの多様な(多すぎる?)目標の進捗を見てきました。極めてラフな作業結果ですので、これで何か確たる結論が出せると思ってはいません。ただ、やはりMDGに比べると目標が多岐にわたり、目指すところも「あれも、これも」になってしまっている感じは否めません。
ロドリック教授の「国際政治経済のトリレンマ」論は、国家主権、グローバル化、民主主義の3つの政策目標・統治形態のうち、どれか2つは同時に達成できるが、3つ同時には達成できない、という議論です。例えばEUは、民主主義的な国々が、自国利益を(部分的にでも)ガマンする形でグローバル化を進める枠組み。一方、ブレグジットは、民主的な体制の下で自国利益を最優先にしたいがため、EUという開かれた枠組みを脱して、国家主権を再獲得する動きでした。
かなり前から言っていた議論なのですが、最近、これをさらに進めて、気候変動対策、先進国における中流階級の拡大、世界的な貧困の削減を同時に実現することは不可能ではないかという懸念を示しています。
戦後の世界経済では、経済成長と国内再配分を重視する政策がとられた結果、経済成長と貧困削減が達成されましたが、その一方で気候変動のリスクは悪化しました。その反省を踏まえたSDGsは、途上国の経済成長と気候変動対策に重点を置き、先進国から途上国への資金・技術の移転を呼びかけ、また貿易・投資面での国境開放、グローバル化を進めるものです。
しかしこのようなアプローチは、先進国における中流階級の再建という政策目標と相反することになります。スキルを持たない労働者間の競争が激化して賃金が低下、また先進国内の経済・社会資本への投資財源も制約される恐れがあります。この辺りが、トランプ主義者や欧州極右政党が気候変動を無視したり、グローバル化を否定したり、という動きにつながっているのでしょう。
もちろんロドリック教授も、だから諦めよう、とは言っていないわけですが、一応は民主的な選挙を伴う政治体制の下で、このような政策実行上の制約があることを無視して理想主義を叫んでも、分断は進むばかりなのではと懸念されます。昔、途上国の構造改革を強硬に主張する声に対し、「ポリティカル・フィージビリティ」ということが言われたのを思い出します。
もちろん気候変動であれ海洋資源であれ、SDGsの目標で無視していいものはないでしょう。長い将来、どの目標も悪化したままでは、世界が成り立っていかないという主張は正しいでしょう。
でもその中で、少なくとも足元でどこに優先度を置き、どこを少し中長期の課題として扱うか、という政策目標のシークエンスは、財源制約も考えれば考える余地もあるのではと思うわけです。SDGsという「ひとつのお皿」に全目標を同じウェイトで乗せるのではなく、目標設定の段階で分けておくべきだったのでは、と思うのですが。
2030年の目標最終年まで、あとわずかであり、恐らくはこれを引き継ぐ新たな目標設定の動きも出てくるでしょう。個人的には、もう少しフォーカスした枠組みができてくることを祈るところです。次の目標に向けた議論がどう進展するか、外野からですが関心をもって見ていきたいと思います。