「SDGs:持続可能な開発目標」という言葉が、日本ほど人口に膾炙している国はない、と言われます。実際、経済界のお偉いさん方は、ほぼ例外なくSDGバッジを胸につけ、企業の取り組みの新聞広告やニュース報道もよく見かけます。
ただ私だけの感想かもしれませんが、「SDGs=環境問題」と思われているような気がしています。各種報道は「廃棄物の削減」「資源のリユース」「温暖化ガス削減」といったものばかりですし、大学やNGOから近隣学校への出前講義も、ほぼ環境取り組みの紹介のようです。
SDGって17も目標があり、「分かりやすい問題」に集中してしまうのはやむを得ないのですが、少し振り返ってみたいと思います。あまり関心ないかもしれませんが、お付き合いください。
まずはMDGsがあった
SDGsができる前には、「MDGs:ミレニアム開発目標」がありました。「2015年までに達成すべき8つの目標」として、2000年の国連総会で採択されたものです。以下のリストで分かるように、途上国の課題解決を国際社会として支援していく、という性格が強かったと思います。
- 目標1:極度の貧困と飢餓の撲滅
- 目標2:初等教育の完全普及の達成
- 目標3:ジェンダー平等推進と女性の地位向上
- 目標4:乳幼児死亡率の削減
- 目標5:妊産婦の健康の改善
- 目標6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止
- 目標7:環境の持続可能性確保
- 目標8:開発のためのグローバルなパートナーシップの推進
通常、国連の「開発目標」というのは、各国からの拠出金積み上げを呼びかける「ファンドレイジング」と表裏の関係にあり、達成できるかどうかは別問題の「掛け声」に終わるのが普通。ところが、この貧困削減目標が達成されてしまう、という番狂わせが生じました。
例えば世界の貧困世帯比率は、1990年の35.9%から2015年には10%にまで大幅に低下しました(半減目標から大幅な超過達成)。幼児死亡率も93%から42%へ低下、感染症対策の分野でも、新規HIV感染者数、マラリアや結核の患者数が大幅に減少しました。
とはいえ、特に貧困指標の改善に顕著なのですが、この目標達成は中国を含む東アジア地域の改善による部分が大きく、アフリカ地域での改善は全く不十分でした。1990年時点では、中国や東アジア地域の貧困世帯比率は、実は南アジアやアフリカ地域よりも高かったのですが(中国66.6%対アフリカ54.3%)、2015年時点では0.7%対41.1%と完全に逆転しました。南アジア地域でも改善傾向は顕著とはいえ、1990年の47.3%から2013年の16.2%への改善にとどまっています(2015年のデータは欠如)。
その後継としてのSDGs
MDGsの「成功」を受けて、その次の目標の策定の動きが出てきます。上記のように、アフリカが取り残された状況を踏まえれば、本来は「アジア型の経済開発、貧困削減戦略をアフリカに波及させていけるのか。それが無理なら、どういう代替策があるのか」という方向だと思うのですが、ここで色んな援助団体、市民団体が自分たちのシングルイシューを押し込もうとやっきになり、目標が拡散してしまった、という印象です。かなり偏った見方かもしれませんが。
結果的に目標数は17に増えました。MDGsを引き継いでいる目標や、MDGsではひとつの目標にまとまっていたものを細分化したものもありますが、例えば目標8や10は「経済成長率が高いだけじゃダメだよね」という方向。背景には「中国型の成長至上主義を否定したい」という思惑があったのでしょう(共感できる部分は大きいですが)。目標12~15は完全に気候変動・環境関連ですね。
- 目標1:貧困をなくそう
- 目標2:飢餓をゼロに
- 目標3:すべての人に健康と福祉を
- 目標4:質の高い教育をみんなに
- 目標5:ジェンダー平等を実現しよう
- 目標6:安全な水とトイレを世界中に
- 目標7:エネルギーをみんなに。そしてクリーンに
- 目標8:働きがいも経済成長も
- 目標9:産業と技術革新の基盤を作ろう
- 目標10:人や国の不平等をなくそう
- 目標11:住み続けられるまちづくりを
- 目標12:つくる責任、つかう責任
- 目標13:気候変動に具体的な対策を
- 目標14:海の豊かさを守ろう
- 目標15:陸の豊かさも守ろう
- 目標16:平和と公正をすべての人に
- 目標17:パートナーシップで目標を達成しよう
また、MDGsでは途上国の伝統的な「開発問題」の解決を先進国が支援するという構図だったのですが、SDGsは先進国も直面する環境面まで含むことから、先進国も問題解決の主体となりました。このような考え方は、正面切って間違っているとは誰も言えないのですが、とはいえMDGsで取り残されたアフリカからすれば、「その前にやるべきことがあるのでは」という気持ちになるでしょう。実際、目標設定の議論の中で、途上国支援向けの資金減少を懸念する声が強く出ました。
SDGsの進展状況は?
ではSDGsの時代になって以降、途上国(特に貧困国)の状況は改善したのでしょうか。指標は全部で210もあり、とても個別では見ていけないので、「Sustainable Development Report」による集計データを使って見ていきます。
まず17の目標全体を集約したoverall indexについて、所得水準別の進展を箱ひげ図で表すと以下の通りです。当然ですが、先進国(High income countries)のほうが達成度は高く、途上国は所得水準が低いほど、達成度が低いという構図が明らか。低所得国(Low income countries)でも改善傾向は見られると言えそうですが、まだ先行する国々とはギャップがあり、近年は低位で足踏みと言えそうです。
ここでアフリカについて、MDGs的な指標を抜き出して、その進展を見ると次のようになります。貧困指標は2010年以前、必ずしも統一的に指標がとれないようで完全に横ばいなのですが、それ以降で見ても大きな進展はなし。アフリカ域内でも上位の国(箱の上部が上位25%です)では若干の改善はありそうですが、中央値(箱の中の横棒)は全くといっていいほど動いていません。飢餓については、中央値は「ある程度」の改善はありますが、下位の国は停滞のまま。保健や教育ではもう少し改善傾向が見られますが、東アジアで見られたような顕著な改善とはいいがたい状況です。
MDGsで残された課題を置き去りにしたままで、新しい課題を追加したことが、アフリカあるいは低所得国の視点から見て正しかったのかどうか。産業開発も十分でない地域の貧困削減をどうするのか(東アジアと同じことができるのか、できなければ、どういう代替策をとるのか)というのは、一筋縄ではいかない問題であり、それこそ総力戦で当たるべき困難な課題だと思います。それなのに目標を拡散するのか、という批判は、やはり一考する余地があるのではないかと思います。
気候変動懐疑論を展開するつもりも、また中国型の成長実績を手放しで賞賛するつもりもありません。ただ、「あれもこれも」で目標が総花的になるほど、個々の目標への対応が希薄化し、結局、何も達成できないという結果になることが危惧されます。
この辺り、稿を改めてもう少し見ていきたいと思います。(誰も興味ないんだろうけど…涙)