前ポストでの作業は、ジェンダーギャップ指数が「信頼できない」ということを主張したいわけではありません。指数の「クセ」を理解するため、他の指標と比較して、大きな傾向を観察したものです。
UNDPの3指標と比較しましたが、もう少し詳しく見ていくため、「独断と偏見」により、幸福度指数やイノベーション指数とのランク相関もよかったジェンダー不平等指数をジェンダーギャップ指数との対照指数と考えることにします。両指数共通にデータがある144ヵ国に絞ってランクをつけなおし、その差が大きい国を抽出します。恣意的ですが上下20パーセンタイルの国を選び、ジェンダーギャップ指数のランクが低い国、高い国に分けて傾向を観察します(144ヵ国中、それぞれ29ヵ国)。
因みにギャップが最も大きいのは日本、次いで韓国、その後、カタール、オマーン、サウジといった中東の国が並びます(全体的にもイスラム教国が多い印象)。イタリア、中国、ギリシャ、シンガポール等も、こちらのグループに入っています。逆にジェンダーギャップ指数のランクが高い国は、ランク差が大きい順にリベリア、ナミビア、ニカラグア、モザンビーク等となっています。
ジェンダーギャップ指数は経済、政治、教育、保健の4側面の数値から計算されているため、その各側面の点数が両グループ間で、どのように分布しているかを見ていきます。ただし教育については、両グループ間で大きな差はなかったので分析対象外とします。以下、ジェンダーギャップ指数をGGI、ジェンダー不平等指数をGII、またGGIでのランクが大きく落ちるグループ(日本など)を「GGI低評価国」、逆を「GGI高評価国」と記載します。グラフで「GGI<GII」とあるのは「GGI低評価国」を指します。
経済
GGIでは女性の労働参加率や賃金格差に加えて、経営層や専門職における女性シェア等を比較しています。日本において、これらの観点での女性の機会均等が確保されていないのは確かです。ただ途上国を含む世界全体で比較する際、農業部門やインフォーマル部門の雇用シェアの高い国との間で、果たして経営層への参加率、賃金水準などを同等に比較できるのかという問題はありそうです。
以下は横軸にGGIの経済スコア、縦軸に全雇用(男女区別なし)に占める農業部門、インフォーマル部門の占めるシェアをとり、GGIとGIIのランク差が大きい国をプロットしたものです。インフォーマル部門のシェアはデータがない国があるので(日本も含む)、少し欠けている国があるのはお許しください。
赤はGGIランクが非常に低い国(GGI低評価国)、青は逆に高い国ですが、オーバーラップする国はあるものの、傾向的にはGGI高評価国では農業・インフォーマル部門のシェアが高いと言えそうです。
つまり、GGI低評価国で経済的視点での男女格差が大きいのは確かですが、では逆にGGI高評価国での女性が置かれた状況を、これらの指標が適切に代表しているのかというと微妙です。GGIを作成するWEFという組織の性格もあるのでしょうが、先進国における女性の問題にフォーカスする指標という感じが否めず、所得水準を横断で国際比較する場合に、この指標が適切なものかは議論の余地があるように思います。
政治
政治については、トップや大臣レベル、国会議員にどれだけ女性が就いているかを測る指標となっています。もちろん、この点で日本が誇れる地位にないことは、言うまでもありません。
一方、この側面で高いGGIスコアを得ている国として、バングラデシュがあります(7位)。確かにこの国では、カレダ・ジアとシェイク・ハシナという2人の女性が90年代以降、常に首相職についていますので、スコアが高くなります。とはいえ、両者ともに建国を主導した政治家の妻と(別の政治家の)娘という立場であり、過去30年以上にわたって首相の地位を独占、しかも滅茶苦茶に仲が悪いという関係です。さらに先日、(きっかけはともかく)ハシナ首相の強権的姿勢に反対する学生デモが拡大し、結局、国を追われる結果になったのはご存じの通り。
この指標が目指しているのは、国を率いる政治家ポジションが性差別によりオープンに選ばれないような状態では、政治的にも腐敗し、非効率となるというストーリーだと思います。この点から、バングラデシュのような国の状況をどう考えるかは、考慮の余地があるだろうと思います。
そこで世銀のWorld Governance Indicatorsの6つの構成要素と、GGIの政治スコアとの関係を、経済スコアと同じようにプロットしてみます。Political stabilityとVoice and accountabilityについては、GGI低評価国と高評価国の間で明確な差はなさそうですが、残りの4要素については、オーバーラップする部分はありますが、傾向としてGGI低評価国のスコアは高く、高評価国のスコアは低いように見受けられます。
やはりGGI高評価国の政治スコアは、この指標が目指している公正な政治状況を適切に反映しているのか、もう少し考える余地があるかもしれません。他の側面と同様、似たような環境にある国で比べれば(誤解を恐れずに言えば先進国内で比較すれば)、想定通りの関係にあるのかもしれませんが、世界全体で横断して比較、ランク付けする場合は、もう少し丁寧に見る必要があるかもしれません。
保健
保健スコアについては、出生時の健康寿命と性別比なのですが、少し怠けて前者についてだけ見ます。ここでは横軸に男女を通じた平均健康寿命、縦軸にその格差(男性-女性)をプロットしています。
するとGGI低評価国のほうが、実は社会全体の(男女通じた)健康寿命は長いという傾向が見られます(もちろん重なる部分はあります)。一方で縦軸の男女格差を見ると、GGI高評価国も低評価国も、ともにグラフの下半分(女性のほうが健康寿命が長い)に多く分布しており、その水準としても差は大きくありません。ただGGI低評価国の場合、(ちょっと信じがたいのですが)男性の健康寿命のほうが長い国も見られます。
GGIでは、女性のデータのほうがよければ、そのスコアは1でキャップがはめられ、どれだけ女性のほうがよくてもスコアに差は出ません。一方、男性のデータのほうがよければ、それは「ギャップあり」としてスコアが悪くなります。このため、上半分に分布する国へのペナルティだけが、低いGGI保健スコアとして反映されているのではないかと考えられます。
ちょっと本題からは外れますが、一般に女性のほうが長生きというのが常識だと思うので、いくら「健康寿命」とはいえ、男性のほうが長い国があるというのは、ちょっと驚きです。どのような国かとみると、GGI低評価国ではアルジェリア、バーレーン、カタール、UAE、サウジといった中東・北アフリカの産油国、またイスラエルがこれに当たります。また逆にGGI高評価国でもバングラデシュ、リベリアとなっています。どうもイスラム教国が多く含まれている点に、ちょっと不安を感じますが、知識もないのに、あまり深入りしてコメントすることは避けておきます。
このように、GGIとGIIでランクに大きな食い違いが出た国を抽出して、その数字の背景を見ると、いくつか気になる部分は出てきます。経済・社会の発展状況を無視して、先進国的な価値観の指標を一律に使っているのではないか、と感じてしまうのですが、どうでしょう。
ランク格差と女性の人間開発水準
最後にまたちょっと意地悪な比較をしてみます。横軸にGGIとGIIのランク格差(プラスはGIIランクのほうが高い)、縦軸に女性のみのHDIランク(単純に女性の人間開発度の高さで、性格差ではない;数字が小さい=ランクは高い)をとると、右上がりの傾向が見られます。つまり、GGI低評価国で女性HDIのランクが高くなり、逆の場合は女性HDIランクが低くなる(ランク差が大きくない国では、明確な傾向はない)と言えそうです。
GGIは報告書でも「この指標は格差のみを測るもので、開発水準を測るものではない」と明確にしていますが、実際、その通りで、GGIでみた不平等の大きさが、必ずしもその国で女性が置かれた地位が厳しいことを意味するわけではない(そういう国がない、ということではなく、傾向としては言えない)と考えてよさそうです。
以上、GGIランクについて、他指標との比較で詳しく見てきましたが、これはGGIの結果を否定しようというものでもなければ、ましてや「日本で女性差別はない」と主張するものでもありません。複数のデータをまとめた指標では、どうしてもその過程で落ちてしまう要素はあり、また一定の文脈では意味のあるデータでも、別の文脈ではあまり意味をなさないという数字もあります。
やはり根本的なポイントとして、置かれた大きな環境(端的に言えば先進国か、途上国か)が似たグループ内での比較ならいいのですが、そこを横断して比較した場合には、どうも無理が出てしまう数字なのではないかと思えてしまいます。
逆の視点からすれば、今回の作業は暗黙の裡にUNDPのランクを「正しい」ものとしていますが、それも間違いかもしれません。UNDPは途上国開発を主業務とするため、途上国タイプの問題にウェイトを置きすぎており、先進国型の問題を視野に入れていないという批判も十分に正当なものだと思います。
いずれにせよ、様々なランキングのもとになるデータのクセ、特徴を顧みずに、特定のセンセーショナルな結果(日本は世界的にも最下位グループだ!)のみをいたずらに喧伝するのは、問題の解決に役立たない可能性があります。また同じように男女格差を表す指標が他にもあるのに、特定の「面白い」指標だけを重点的に扱い、他の(耳目を引きにくい)指標を無視する、というのは、生産的ではないのでは、と思う次第です。