ジェンダーギャップ指数の違和感って…(1):色々なジェンダー指数の比較

毎年、報告書が出るたび頻繁に報道されるものに、世界経済フォーラム(WEF)が作成する「ジェンダーギャップ指数」があります。特に日本のランクは世界的にも極めて低く、「だから日本(政府)はダメなんだ」という批判の大合唱になるのが毎年の恒例行事となっています。

もちろん日本で男女間の不平等が大きいのは確かであり、この解消に向けた努力の必要性を否定するつもりは毛頭ありません。とはいえ、日本が世界全体で下から数えたほうが早いポジションにあるといわれると、ちょっと「違和感」のようなものを感じるのも確かです。

今回はこの指標についてレビューしてみようと思います。ただし最初に念を押しておきますが、日本にジェンダーギャップがないとか、この指標が無意味だという主張ではありません。あくまで指標の「クセ」のようなものを、技術的に考えたいという意図です。

他にもある様々なジェンダー指標

「ジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index)」というのは、ダボス会議などを主催する世界経済フォーラムが毎年作成する指数です。日本のランクは非常に低く、2024年には146ヵ国中118位と世界全体で見ても下から数えたほうが早いポジション(下位20パーセント)、G7で最下位、G20でも中国や韓国より下(サウジのおかげで最下位ではない)という悲惨な状況でした。

一方、似たような指数として、国連開発計画(UNDP)が作成する「ジェンダー不平等指数」、「ジェンダー開発指数」というものもあります。後者も「開発指数」とは言っていますが、男女間の格差を表した指数です。しかしこれらを見ると、日本のランクは前者で17位、後者で51位(166ヵ国中)と、かなり映る姿は変わってきます。

でもメディアなどではUNDPの指数はあまり取り上げられず(普段はあんなに国連を崇め奉っているのに)、ジェンダーギャップ指数ばかりが人気あるという、まさに「ギャップ」があるわけです。

例えば某新聞のサイトで、「ジェンダー開発指数」で過去記事を検索すると1件のみヒット、それも「人間開発報告書」をとりあげたインタビューの中で、「こんな指数も作っている」と紹介するのみで、ジェンダー開発指数の中身や順位自体には触れていません。「不平等指数」になると、なんと2014年版の報道があるのみです。

これに対し「ジェンダーギャップ指数」になると、山ほどの記事がヒットし、新しい報告書が出た際の報道のみならず、別のジェンダー絡みの記事や解説の中でも、この指数ばかりが使われて、日本のダメさ加減を嘆いているという状況です。

もちろん、ジェンダーを取り巻くデータは非常に多くのものがあり、それらを何らかの手法で総合して、単一の分かりやすい指標にまとめることは、ジェンダー問題の大きな絵姿を分かりやすく表現するという意味で、非常に重要な作業だと思います。ただ、同じような指標の間で、これほどの大きな差がある中、特定の悪い指標だけを使って論じても、あまり生産的な議論にならない恐れがあります。

とはいえ、私はジェンダー問題の専門家でも何でもないので、「そもそもジェンダー問題をどうとらえるべきか」のような大上段に振りかぶった議論はできません(素人が手を出すには危険すぎます)。あくまで指標というデータで少し遊んでみようという趣旨ですので、ご理解ください。

指数の簡単な説明

まず複数のジェンダー指数の間で、各国のランクがどう変わってくるか簡単に見てみます。ここでは2022年のデータを使います(UNDPの指標では2022年が最新のため)。

ここでジェンダーギャップ指数と比較するのは、UNDPによる3つのデータ、「ジェンダー不平等指数:Gender Inequality Index」「ジェンダー開発指数:Gender Development Index」「不平等調整済み人間開発指数:Inequality-adjusted Human Development Index」です。最後のものは、ジェンダーに特化したものではなく、国全体の中での不平等を反映したものですが、比較としては面白いかと思ったものです。

「ジェンダーギャップ指数」は、政治(国会議員、閣僚、行政府トップの在任期間)、経済(労働参加率、賃金・所得、管理職、技能職に占める性別比)、教育(識字率及び初等、中等、高等教育就学率)、健康(出生時の性別比、健康寿命)の4つの側面について男女比を計算、加重平均して算出しています。

「ジェンダー不平等指数」は、保健(妊産婦死亡率、若年出生率…この指標は当然、男女差ではない)、エンパワーメント(中等教育以上を受けた人口、議会における男女別議席数)、労働市場(労働参加率)を用いて男女間の不平等を測ります。

「ジェンダー開発指数」は、UNDPの人間開発指数(HDI)を男女別に計算し、その比率をとったもの。HDIというのは、世界各国について保健(出生時平均余命)、教育(期待就学年数、平均教育年数)、所得(一人当たりGNI)を用いて指数を作成し(それぞれに設定した上下限の間での相対的位置に換算)、幾何平均をとって計算したものです。

一方、「不平等調整済みHDI」は、HDIの各指数に不平等の程度を示す指数を掛けたうえで(ただし性別間の不平等だけではない)、それをHDIと同様に集計した指標です。

この2つについては、ジェンダーギャップ指数で使われているような、女性経営者の比率とか、議会における女性議員数といった指標は入っていないので、その分、粗い指標とは言えるかもしれません。

指数間の比較

さて、これらの指数で横軸にジェンダーギャップ指数のランキング、縦軸に上記それぞれの比較対象の指数のランキングをとってプロットします。データ間で国のカバレッジが異なるので、両方のデータがある国のみに絞って、ランキングを振りなおして比較しています。また日本のポジションは赤点で示しています。

直線が45度線、つまりこの線より下半分にある国は、ジェンダーギャップ指数より比較対象の指数のランクのほうが上になり、上半分は逆という関係にあります。数字が小さいほうがランクは上になる点、注意してください。

実際、かなりばらつきは大きく、同じような問題意識の指標であっても、かなりの差が認められます。赤点の日本は、いずれの指数でもジェンダーギャップ指数よりランクは改善しています。特にジェンダー不平等指数、不平等調整済みHDIでは、かなり高いところまでランクは改善しますね。

このような指標間でのランクの差が、各国の所得水準別で、どのように分布しているか見てみます。縦軸は「ジェンダーギャップ指数のランク-比較対象指数のランク」なので、プラスというのはジェンダーギャップ指数のランクが低いことを意味します(繰り返しですが、ランクなので数字が大きいほど悪い)。

全体的には所得水準の高いグループほど数字はプラス、つまりジェンダーギャップ指数のランクが、比較対象の指数より悪くなる傾向が強いことになります。逆に低所得国ほど、ジェンダーギャップ指数のランクはよい方向に評価されています。やはり途上国開発を主業務とするUNDPと、先進国の経営者たちの集まりであるWEFの間で、(意図的ではないにせよ)指標作成で重視する内容にギャップが出てしまっているのかもしれません。

何か「望ましい」指標と、敢えて比較してみると?

上で見た4つの指標について、それぞれ差(というか傾向)があることは分かりましたが、どちらが正しい、間違いと判断することはできません。データの操作をしているわけではなく、それぞれ正当な考えの下で指標を選択し、公平な手法で指数の総合をしているだけであり、そこから出てくる結果の差は「クセ」以外のものでもありません。

ただそれで終わってしまっては面白くないので、ここで何か他の「望ましい指標」と敢えて比べてみます。

ジェンダーに限らず、本人の能力、努力等と関係のないところで不平等が生まれるのは、正義に反するものであり、「それ自体として」不平等は修正する必要があります。何か他の目的のために、不平等を解消すべきという問題ではありません。

その一方で、よくジェンダーギャップ指数を引用しつつ、それを日本経済の問題点と絡めて議論をする向きもあります。そこで、何か「望ましい指標」をもってきて、これと各種のジェンダー指数を比較してみることにも、一応の妥当性はあるのではないかと思います。完全に「独断と偏見」になりますので、ジェンダー問題の専門家の方々、お許しください。

ジェンダーの観点がメインではないが、何らかの形で経済・社会全体が望ましい傾向にある、ということを示す指標として、「世界幸福度指数」と「イノベーション指数」を使ってみます。

前者は、人々の主観的幸福を測定する目的でやはり国連が作成する指標で、「生活評価」と「感情」の2つについての自己評価(サーベイ指数)をベースに、さらに「一人あたりGDP」と「健康寿命」の2つの客観要因、「社会的関係性」「自己決定感」「寛容性」「信頼感」の4つの主観要因から作成した指標です。所得と寿命はHDIの計算でも使われるので、特に不平等調整済みHDIの場合は(不平等度によりスコアが調整されるとはいえ)一定の相関が出てしまいます。従って、ジェンダー指数と完全に独立の指標と考えるのは無理があるかもしれません。その点は念頭に置く必要があります。

一方、イノベーション指数は世界知的所有権機構(WIPO)が80指標を用いて計算する指標で、全く異なった視点のものです。仮に男女間であれ、社会階層間であれ、不当に差別され、社会全体が持つ人的資本が十分に活用されていなければ、社会に賦存する資源の浪費となり、イノベーションも進まないだろう、と想定することは可能かと思います。そこで、これも比較対象の指標としてみました。

簡単に回帰分析をして係数が有意かどうかを見ることもできますが、本来はその他の様々な指標が関係する中、適切な変数を選んでコントロールすべきもの。ジェンダー分野について全く素人の私が「もっともらしい」結果を小手先で出しても、全くウソになっている恐れが高いため、ここでは単純に散布図をプロットして傾向だけ見ることにします。

いずれも各指標における各国ランクでのプロットです。傾向線をみると、各不平等指数と幸福度、イノベーションとの間に正の関係はありそうですが、ジェンダーギャップ指数とジェンダー開発指数についてはかなりばらつきが大きく、強く相関しているとはちょっと言いにくい感じ。一方、ジェンダー不平等指数と不平等調整済みHDIについては、ある程度のばらつきはありつつも、かなり明確に正の相関があると言えそうです。

一人当たり所得や平均余命は、不平等調整済みHDIと世界幸福度指数の両方で使われているので、ここに正の関係があるのは当然ですが、イノベーション指数でも見られるという点は、社会全体での資源の有効活用という点で示唆に富むと言えるかもしれません。でも単純に所得水準が高いほど、教育や研究開発に資金を割くことができ、結果的にイノベーションも高まる、という関係も強そうです。この辺りは、やはりちゃんと変数のコントロールをせずに、変な結論を出すことは避けるべきでしょうね。

因みにジェンダー指数の議論でよく出てくる合計特殊出生率との関係も見たのですが、これは完全に逆相関となりました。先進国ほど出生率が低くなる傾向は明らかな一方、先進国はジェンダーギャップ指数も傾向的には高いほうに分布するため(日本などはともかく)、これが逆相関になるのは当然でしょう。 ただしジェンダーギャップ指数と出生率との関係については、先進国の中だけで比較すると、ジェンダーギャップ指数が低いほど出生率も低くなる傾向があるという主張もあります。この辺り、次のポストで指数のクセを考える際も、認識しておく必要がありそうです。

と、ここまではいくつかのジェンダー関連指標をざっくりと比較してみました。次の記事では、もう少し指標を構成する個別側面について見ていこうと思います。

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